美少女ゲーム FullHD 対応のためのデータ圧縮

ほとんどの美少女ゲームがいまだに HD 画質で,いつまでたっても FullHD が普及しないのはどうしてだろうと思っていたのですが,「美少女ゲームで FullHD が普及しないのは DVD のディスク容量のせい」という話を聞き,いやいやちゃんと詰めれば入らないはずないでしょうと思って書いた考察(半分ポエム)になります.FullHD の利点や FullHD を実現する上での課題と解決策について書いています.ただ,わたしはメーカーの中の人ではないので実情は不明です.関係者からのツッコミをお待ちしています.

また,次回の記事『ゲームの画像素材圧縮ツール』で,画像素材をできるだけ小さく圧縮する方法の考察と実験しており,今回の記事はその前振りになります.

背景

2021 年現在,PC 向け美少女ゲームの解像度の主流はいまだに HD 画質 (1280x720) となっており,一部の作品でのみ FullHD (1920x1080) が採用されているという状況です.

HD と FullHD を比較すると,FullHD 画質のほうが「空間の広さ」「没入感」「CG の美しさ」「光沢感」がより感じられるように思います(わたし個人のプレイヤーとしての主観です). 一方 HD 画質は,「引き延ばした感」「ピンボケ感」を感じられます. 特に,わたしは普段 4K ディスプレイを使っているため,「引き延ばした感」はかなり顕著です.

制作側の視点を想像してみると,FullHD では画面全体に対する相対的な文字サイズやメッセージウィンドウのサイズを小さくできることから,演出・デザイン上の利点も大きいと考えられます.

制作上のコストを考えてみると,ゲームで使われる CG 素材は印刷物などでも使われることから,元はもっと大きなサイズで制作されているはずで,収録時にゲームの画面サイズに合わせて縮小しているものと思われます. つまり,FullHD でも HD でも制作上のコストはほぼかわらないはずです.

FullHD を実現する上での課題

メリットばかりであるはずの FullHD がなぜあまり普及していないのか,わたしはずっと不思議でした. 幸いなことに最近は,YouTube の生放送や Twitter など,制作者に質問できるような場が増えてきたため,いくつかのメーカーの人に話を聞くことができました. それによると,FullHD だとディスク容量(片面一層 DVD)に収まらない,ということでした. 二層 DVD は製造コストが増えるだけでなく,ドライブとの相性などで読めないことがあり,ユーザーサポートのコストも増えるということです.

しかし一方で,メーカーによってはずっと前から FullHD に対応しているところもあります. そこでこの記事では,「工夫すれば FullHD でも片面一層に収まる」ということを前提に,どんな工夫が可能なのかを,システムの観点(つまり,演出や CG 枚数を削るなどはせず,システムの工夫だけでなんとかする)から考えていきます.

そもそもメーカーは,どれだけ真面目に FullHD に対応しようと工夫しているのでしょうか. 作品によっては,ディスク容量に対してゲームデータがスカスカだったりして,その空きがあれば FullHD 対応できたのでは,と思うことがあります. これはわたしの勝手な想像ですが,メーカーは,ストーリーや CG に対しては神経を使っていても,それをユーザーに提示するシステムに無頓着であるために,それを台無しにしているのではないでしょうか. 縮小によって失われた細部の質感,シャープな輪郭,キラキラしたハイライトは,ユーザーの目に触れることはありません. クリエイターが魂を込めて制作した作品を,少しでも本来に近い形でユーザーに届けるために,メーカーにはぜひ FullHD 対応をしていただきたいです.

可逆圧縮と非可逆圧縮

※以下はフリーのゲームエンジンの仕様を元にした推測がかなり含まれています.商業エンジンでは実は違うやり方をしてるんだよ,というのがあればぜひ教えてください.

美少女ゲームに含まれる素材は以下が挙げられます.

  1. スクリプト・シナリオ
  2. 立ち絵
  3. イベント CG・背景 CG
  4. BGM
  5. ボイス
  6. 動画

データ圧縮の方式には,内容を劣化させずにできるだけデータ量を減らす「可逆圧縮」と,劣化を許容し,その劣化量と圧縮率のトレードオフを自由に調整できる「非可逆圧縮」があります.

上に挙げた素材のうち,1. については,圧縮によって中身が劣化して化けたりしたら困るため,.zip や .7z のような可逆圧縮もしくは無圧縮が用いられます. 2., 3. については可逆と非可逆どちらも使われますが,PC 向け美少女ゲームの場合は絵が命ということもあり,.png などの可逆圧縮が用いられることが多いと思います. 4. ~ 6. については,.ogg や .mp4 のような非可逆圧縮が用いられます.

可逆圧縮と非可逆圧縮のそれぞれの性質を踏まえると,ディスク容量を最大限に活かして作品を収録するなら,まずスクリプトや画像等の可逆圧縮のデータを圧縮し,次に,音声や動画を,ディスクにぎりぎり収まる最高の品質になるよう設定して圧縮するというのが原則になります.

画像の差分

この記事の主題である FullHD 対応について考えます. FullHD 化により CG の画素数が大きくなると,当然データサイズも大きくなります. ここまでで,音声や動画データは圧縮率を変えられると説明しましたが,CG のデータサイズ増大を音声や動画のデータ量削減だけでカバーしようとすると,当然音質や動画の画質に影響が出てしまいます. また,たとえ FullHD 対応しないにしても,音声や動画をより高品質で収録するために,CG のデータサイズを少しでも減らすことは重要です.

ところで,ゲームの CG 素材は,画像の大部分が同じで一部だけが異なる差分画像が大量にある,という特徴があります. この性質を利用して差分だけを記録することで,ファイルサイズを大幅に減らせると考えられます.

立ち絵の表情差分については,顔の部分だけ画像を分ける,というのはおそらくほとんどのメーカーでやっていると思われます(でないとファイルサイズが爆発してとても片面一層には収まりません). データサイズの観点で最も良いのは,顔のパーツごとにまで分解して収録して,ゲームエンジン側で合成する,という方法で,実際にそのようにしているメーカーもあるようです(参考:最終回 エロゲー制作ブログ!~全てが集約されるお仕事(スクリプトについて)のお仕事~|放課後シンデレラ).

同様の工夫はイベント CG にも適用できると思いますが,立ち絵ほどうまくパーツ分けできないため,各メーカーでどこまで対応されているかは不明です.

画像のサイズ差分

美少女ゲームにおいて,立ち絵画像は,使う場面に応じていくつかのサイズ差分が用意されます. 典型的には,全身サイズ(小さめ),腰から上サイズ(中くらい),胸から上サイズ(大きめ)くらいのバリエーションが多いようです.

ゲームエンジンによっては(特に GPU 処理に対応している場合),大きめのサイズの画像だけを用意しておいて,そこから縮小してサイズ差分を生成することが可能です. しかし,ゲームエンジンの種類によっては,リアルタイムでの画像の拡大縮小ができず,サイズ差分を画像として別に用意しなければならないこともあるようです.

これに関しては,ディスクには大きいサイズだけ記録しておいて,インストール時や画像のロード時に適宜縮小する,という手段をとることで,ディスク容量を削減できると考えられます.

逆に,あえてサイズ差分は画像として分けておき,画面外に表示されない部分はカットした状態で記録することでサイズを減らす,ということも可能だと思います. ただしこの場合,大きい全身画像をパンして表示する,というような表現が使えなくなるので,一長一短です.

まとめ

ここまでの要約です.

  • FullHD 対応は,ユーザー,クリエイター双方にとってメリットが大きい
  • FullHD はディスク容量の制約があるが,工夫すれば収まるという実績がある
  • 音声や動画はディスク容量内でできる限り高いビットレート(音質)で記録すべき
  • 立ち絵やイベント CG は差分だけを記録したり,サイズ差分を動的に生成することで,記録サイズを抑えられる

次回『ゲームの画像素材圧縮ツール』で,画像をできるだけ小さく圧縮する方法についての考察と,実際にどこまでサイズを減らせるかの実験をしてみます(実はこれが本題です).

技術系 > ソフトウェア | comments (0) | trackbacks (0)

コメント

コメント投稿






トラックバック